Tuesday, 9 July 2024

2024年の第1回の日本語能力試験(まだN4)

 みなさん、こんにちは!

2024年7月7日(日曜日)に、私は日本語能力試験(JLPT)を受けました。そのJLPTは私の2番目のJLPTでした。最初のJLPTは2018年の第1回のJLPTでした。昨日のJLPTも同じの町(ジャカルタ)で受けましたけど、2018の試験のところを忘れました。今の所は ”SMPN 13 Jakarta” というジャカルタの中学校です。


はじめ

朝6時に、Rawa Buntu駅へ行って、オトバイクを預けて、駅に入りました。駅に入った後で、すぐ Tanah Abang駅までの電車は到着しました。電車に入ってから、もう込んでいて、びっくりしました。座らないで、ドアの隣に立ちました。


「…Kebayoran駅ですが、右のドアはすぐ開けてあります。」

ドアが開けました。トイレを探して、グーグルマップを見ました(どの出口を出ないといけないか、確かめました)。出口を出る前に「Roti'O」というパン屋を見て、昼食にパンを買っておきました。

タップアウトをした後で、Go-Jekのサインを見てから、サインの通りに、歩いて行きました。GOJEKを待ちながら、あるお菓子の売り場でお菓子を買いました。すぐGOJEKさんが来ました。SMPN 13 Jakarta に送っていきました。

そのときには、雨の後で、道が濡れて、涼しくなりました。駅から試験場まで15分ぐらいかかりました。Blok Mの地下鉄駅を見ました。その駅は試験場からあまり遠くなかったですね。便利と思います。


試験場

朝7時ごろ SMPN 13 Jakarta に到着しました。試験まではまだ2時間でした。しかし、問題がないと思いました。早く来るのは遅く来るよりいいでしょうか。

試験室を探しました。2階の10番の部屋。見つかりました。そんな早くには中学校がまだ静かでした。それに、雨で、空気が涼しくてうまかったです。2階には椅子がなかったですから、1階に下りました。席を見つけて、すぐ座って待ちました。その中学校にはN4の試験だけしませんでしたけど、N5もしました。11番の部屋やN5の試験をして、3階までの部屋で試験を行われました。

退屈して、ある眼鏡をかぶっているお兄さんにおしゃべりしました。

「ジャカルタから来ましたか。」と私が聞きました。

「いいえ、バンドンから~」とお兄さんが答えました。

「へえ?バンドンから?ここまでへ試験に受けに来ました。すごいですね。」

実は、遠いから来たのがそのお兄さんしかいませんでした。JLPTは1年に2回だけ行われていますから、絶対に欠席するのがダメだと思いますね。


時間が流れるにつれて・・・

8:30時を過ぎて、SMPN 13 Jakarta には人が大きくなりました。にぎやかになりました。いろいろな人もいるし、生徒や大人などもいます。でも確かに、みんなの顔は「ウィブ」見たいでした。今のJLPTは2018のテストよりずっと大勢の人は申しもんでいますね。インターネットの申し込みからも10分だけに受験票を全部で売れました。この国には「ウィブ」の人口が上げれでしょうか。


09:00時

「じゃ、準備できます。」と試験管が大きい声で知らせました。

皆さんはす試験室に入りました。私は10番の部屋を入った後で、受験生の番号の通りに座りました。その時、私の席は部屋の真ん中ごろにあります。

試験室の地図。青:出席した受験生;:私

受験生たちは座った後で、まだ試験が始まりませんでした。試験管から試験の説明を教えてもらいました。そのときにも、解答用紙と問題集を試験管に配布されました。ところで、JLPTにはサブテストが3つあります。あれは:

  • 文字・語彙
  • 文法・読解

  • 聴解
それから、試験管はみんなテストナンバーのとおりに座ったかどうか、チェックしました。別々の番号と名前を呼びました。そのあと、受験生は一番目のサブテストの解答用紙に名前と番号を2Bの鉛筆で書かされました。試験が”本当”に始まるまでにはまた1時間がありました (1番目のテストは10時に始まる予定でした)。眠いので、目を閉じました~


もじ・ごい

「はい、始めましょう!問題集を開けてください!」と試験管を言いました。

第一部:分が書いてありました。下線が弾かれているひらがなで書いている単語がありました。1-4の答えには正しい漢字を選ばなければなりませんでした。

第二部:それは第一部の反対です。分には下線が弾かれている感じで書いている単語がありました。1-4の答えには正しい読み方(ひらがな)を選ばなければなりませんでした。

第三部:これはもっと難しかったです。分が書いてありました。その分の同じの意味を1-4の答えに選ばなければなりませんでした。例えば:誕生日に、母が腕時をくれました。ですから、同じの意味の文は:誕生日に、母に腕時計をもらいました。

「もじ・ごい」の配分は25分でしたが、私なら15分以下終わりました。そのあと、答えなかった問題があるかどうか、もう一度チェックしました。自信を持ってから、問題集を閉めて、上に解答用紙を置きました。その試験に受験生は終わっておいても、試験室を出てはいけませんでした。10:25時待って、解答用紙と質問集を試験管に集めまて、お手洗いに行きました・・・


文法・読解

15分の休みのあと、二番目の質問集をもらいました。そのサブテストには配分は55分でした。そして、部分が2つありました。

第一分はもちろん文法でした。まず、助詞問題が出ました。助詞は日本語を勉強している外国人によると難しい問題ですね。日本語の助詞が多いですから、迷っています。次は言葉を並べることです。これもチャレンジだと思います。正しく並べるように、文法と言葉が分かるはずですからね。

第二分は読解です。まず、作文がありました。そして、その作文から質問が書いてありました。テストには2,3作文がありました。次は、パンフレットです。パンフレットから案内があって、質問されていました。

「文法・読解」の55分の配分から、30分ごろ使いました。


聴解

JLPTの聴解はみんなにこわいです。だから、音質が悪いと思います。あまりよくない ”Minicompo” を使って、中学校の教室で音は・・・悪くなったと思います。それに、ほかのクラスからも音が入らってしまんたんです。

正午 (12:00時)、聴解の試験を始まりました。試験管にチェックサウンドをされました。まず・・・

「天気がいいから、散歩しましょう。」と聞きました。

実は、私も聴解の内容をわすれました。しかし、公開ですから、自身がなくなりましたね。もしこのJLPTに不合格したら、もちろんこの聴解は理由です。(笑)


テストのあと・・・

帰らないで、ジャカルタに「いい天気から」散歩しました。みんな試験室を出ました。中学校の入り口の近くには人が大かったです。GOJEKを待っているでしょうか。

私はグーグルマップをみながら、BLOK Mの地下鉄駅へ歩いて行きました。1キロメートルしかありませんから、歩くのは便利だと思います。まっすぐ歩いて行って、17分ぐらいかかりました。2番目の交差点を右へ回して、駅の入り口が見えます。

駅に入る前に、お腹がペコペコしましたから、昼ご食をしておきました。駅の隣コンビニでランチとミネラルウォーターを買って、すぐ食べました。

おなかがいっぱいになりました。駅に入りました。ホームである椅子に座って待ちました。電車が到着しました。Bundaran HIという駅までに乗りました。電車が込んでいたんです。週末ですから(そして天気がいいから)、人々は家族と一緒に散歩しました。

数文を過ぎたら、やっとBundaran HIに到着しました。Grand Indonesia側の出口を探しました。どうしてGrand Indonesia? 私は日本語で書いた本を買いたいんです。そして、「キノクニヤ」と言う本屋がそんな本を売れていると聞きました。

グーグルマップを見て、Grand Indonesiaの地下1階に行きました。

「え?フードコート?」と思いましたけど、歩き続けました。それから・・・

日本語の本の棚

本屋が見つかりました。すぐ、日本語の本の本棚に行きました。日本語の料理本や、ドラえもんの漫画や、日本語の小説や、日本語の勉強や(みんなの日本語も!)、日本人のインドネシア語の本などがありました。

日本人に作ってあるインドネシア語レッスン

捜していた後で、そんな本を買いました:


所説ミラーさん(1巻と2巻)とドラえもんの漫画を持って帰りました。所説ミラーさんはミラーさんの物語です。ミラーさんは「みんなの日本語」の本の主人公です。あなたは「みんなの日本語」を使ったら、必ずミラーさんを知っています。そして、その本は初心者に優しいです。



もう終わりましたー

また電車でRawa Buntu駅まで乗って帰りました。一日中にはよく歩いて行きましたから、スマートウオッチは15万歩を数えました。あ、疲れましたね!

そのあと、2024年の第二回の日本語能力試験を準備しています。


Tangerang Selatan, 2024年7月9日







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